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イン・ルーチェのもりきるみ的日記

「もりきるみ」は「木を見て森を見る」の文字遊び。木を見たら森を感じることを忘れずにいたいな〜と思う閑人ブログ。

出来事は編集され、物語りとなって届けられる ~オバマ大統領の広島訪問~

新聞記者になることが、幼い頃の夢であったり、

意識的であれ無意識的であれ、日々の私達の営みである【情報編集】に関心を寄せていたり、

「人の意見に振り回されたくないな〜」という“強い”思い、

裏方ストーリー好き、

 

などが相まって、このようなブログを書いています。

 

そもそも、たまたま閑人だったらしく、2016年5月27日 16:40〜19:00まで、ず〜っとNHKのライブ中継を見ていました。
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金星はどこへ行った?

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夏休みのラジオ体操に、100文字書き取り、絵日記…etc、、、毎日のルーティーンワークが苦手というのか、サボり癖がついついつい…というのは、子供の時から変わりません(^_^;)

 

ですから、日々の運勢をチェックするなんてことも、滅相ないことです。

 

そんな私ですが、西洋占星術の世界観には、関心を寄せています。

 

その一つには、私たちの実年齢と惑星とを対応させて、人生における年齢毎の大切なテーマや意識的に関わっておきたいことなどにフォーカスを合わせるというものがあります。

 

で、思春期を過ぎた頃から26歳辺りまでが、金星の時期。

学生生活であれ、社会人生活であれ、アルバイターニートであれ、楽しい時期ですよね。おしゃれや恋愛、友達付き合いなどなどなど。。。(*^_^*)

 

随分と前置きが長くなりましたが、つまりは私にもあったわけです。

金星の時期が。

その時期には、21:00の夕食ともなれば、、、、、

 

「揚げ物なんてね〜」と、酢の物や野菜中心のメニューをせっせとオーダーしていたはずです。

ましてや〆の穀類なんてもってのほか!!!

全ては金星の、ヴィーナスのなせる神業です。

 

が、今や木星の時期。

 

「サラダもオーダーした方がいいんだろうね〜」と言いながら、大好物の【春野菜の天ぷら】に、おまけにこの日は、今が旬!の【蛍烏賊の天ぷら】もプラスして、

 

それに足りずに「どっちがどっちに挟まれてくるんだろう???」なんてワクワクしてオーダーした【そら豆とえびのはさみ揚げ】をパクパクと。

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そら豆の間にエビが挟まれていました。

 

〆は食べたり食べなかったりなのですが、この日は〆はご飯の気分。

で、【季節のご飯:新海苔の混ぜご飯】をアサリのお味噌汁と共に。

 

美魔女と言われる方々は、きっと、今でも金星の時期の過ごし方をされているんだろうな〜などと、ふと思い、決して私にはできないそのストイックさをある面では尊敬したりも…なんていう春の夜の酔っ払いでした(*^_^*)

 

あ、〆のお味噌汁は、もちろん赤です。

酔っ払ったところにサーブされる、熱々の赤だしって、たまりません!

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コミュニケーション行為と言葉の親密度とのあいだ。

注目の判決でしたね。


最高裁「ことばのセクハラ」懲戒処分は妥当 NHKニュース

 

古くさい感性をもつオジサンやオバサンとは、可能な限り関わりたくない!と思っている私にとっては、至極当然の判決と受けとめています。

 

ただ、興味を持ったのが、このニュースに関する街の声。

 

「最近、職場内でもコミュニケーションがないというか…。社員旅行や飲み会も減っているから、そういう機会が増えれば、このようなことはなくなっていくと思います」

 

「言葉の受け止め方は、人によって違うから、もっとコミュニケーションをとって親しくなっていくのがいいと思います」

 

といった類いの声が多く放映されていました。

 

社員旅行や、飲み会などの開催に異論はありませんし、

言葉の受け止め方は、人によって違う…というのももっともなこと。

コミュニケーションを図って、より職場の人達と親しくなるということに反対するつもりもありません。

 

ただ…

根本的なこととして、私が???????となったのは、

これらの意見の背景には、「親しくなれば、多少の言葉の乱暴さは許容されるのでは…」という意識が潜んでいるのではないかと感じたからです。

 

となると、「親しさ」という、これまたファジーな、個人差のある感覚の中での言葉のやりとりに、一喜一憂するということが生じます。

 

向こうは親しいつもりでも、こちらは…なんてこと、ザラにありますからね(笑)

 

親しかろうが、親しくなかろうが、コミュニケーションという「相互行為」においては、一定のマナーが必要です。で、最たるマナーは、個人的価値観の介入に関する節度です。つまりは、脳メガネのグラスの色が、自分色で濃くなりすぎていないか、という配慮です。

 

「親しき仲にも礼儀あり」の通りなのですが、この「礼儀」として、求められる素養が、時代と共に、変わってきているのだと思います。

胸の内に浮遊するある種の感覚の類い。

恐ろしい事件のニュースが続くと襲われるある種の感覚。

収まりの悪いその感覚を、早々に決着つけようとはせずに、漂わせておくのですが、ふとしたきっかけに、このように活字化されたテキストを見ることによって、その感覚は収まり場所を得たような感覚になるから不思議です。

 

高橋源一郎さんの、この日の一連のツィートは、この1ヶ月余り、私がニュースで感じ続けたある種の違和感の正体を確認することができたようで、この日ほど、言論のプロフェッショナルという存在に感謝したことはないのでした。

 

で、お次は個人的に好きな感じのものも併せて。


日本はイスラームの「性差別」を責められるか | 女性差別?男性差別? | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

 

我が家は違いますけれど、【夫の収入を妻が管理する】という、世界的に見ても(推測ですが)希な状況下を背景に、財布の紐を牛耳っているために、小銭の不自由はないため、気づきづらい感覚なのでしょうが、根本的なところで、差別されていますよね。

 

日本に限らず、アジア諸国の共通の問題なのでしょうが。

 

「専業主婦」と「専業主夫」とが、全く同じフィーリングやウェイト感をもった時に、「差別」というものから、少しは遠のいているのだろうなぁ…と思います。

たかが服、されど服…覚え書きとして。

いずれゆっくり書きたいテーマですが、目下時間が許されじ。

ただ、昨日、お茶休憩の合間に、録画しておいたこのプログラムを見て…

地球イチバン「世界一服にお金をかける男たち」


地球イチバン - NHK

 

で、夕食後の仕事再開の前に、少しだけ〜とネットNewsを見ていて出会った記事がこれ。


「ユニクロ一辺倒」男がスーツに目覚めたワケ 好印象を与えるのに最も手っ取り早い方法

 

「サプール」…『地球イチバン』で見たコンゴの紳士達、素敵でした。粋でセクシーで、それでいてエレガントなの。

 

「服を着るという行為」は、それこそ尽きることのないテーマでしょうが、それより以前に、きちんと服を着るということがもたらすものの素晴らしさを、久々に思い返すことができました。

つい先日も、友人とファストファッションについて話していて、もちろん私も日々愛用しているのですが、その弊害がしっかりと顕れてきているね〜って話で盛り上がったので、覚え書きとして、少しだけこの場に留めておくことにします。

once a year, and it has been done for 39 years…

本日は、少し私事に端を発しています。

 

今日は祖父の39回目の祥月命日です。

明治39年の丙午生まれ。ついでに加えて魚座です。

粋で、優しくて、気っ風もよく…娘、嫁、孫一同から慕われていました。

ま、女好きってこともあったかもしれませんが(^_^;)

 

鍛冶職人だった祖父は、私が生まれた頃には鉄鋼場を営んでいて、その祖父の所では、手足のいずれかが少しだけ不自由な方が務めておられました。その方がライン業務であると知った祖父は、「それは余りいいことではない。もっと適した場所があるはずだ」と、検査業務へ配置移動を指示したそうです。

 

経営者としては、むしろ当然なことをしたまででしょうが、当のご本人は、祖父の他界後、39回一度も欠かすことなく、この日の朝一番でお参りにいらしてくださるのです。

 

在職中は、8:00の始業の前においででした。

いつも、ご自宅で収穫されたどっさりの冬野菜を携えて。

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それを見るに、改めて身を清められる思いがします。

39年もの間、曜日にも天候にも左右されることなく続けるということは、思うや言うには易しでしょうが、行うは本当に難しです。

 

幾たびもの修行をお積みになられた方々の教えに勝るとも劣らずのことを、この日にこの野菜をみる度に教えられる思いです。

 

明治39年。

39回目の祥月命日。

今年は「39」が重なりました。

 

「1,2,3」然り、「a,b,c」然り、「い、ろ、は」のように、3番目がやってきた方が修まりがいいような感じがしまして(^_^;)…探してみました。

 

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ありました、ありました。

私のオーラ・ソーマ(R) バースボトル(誕生日ボトル)です。ボトルの番号が39なのです。祖父との思い出のつまった部屋で撮影してみました。

 

これからは、このボトルを見る度に、祖父の思い出と、その方の美しさを、思い返すことができそうです。

 

で、何となくタイトルも定まらなくって、あやふやですが、英語表現に逃げ込みました(^_^;)

 

野菜のお裾分けもやってきましたので、いつもより少しのんびりと、調理しようかな〜と、あれこれメニューを思案中です。

 

 

イクメン」や「カジダン」にちなむ記事はよく見かけますが、「言語」という観点から書かれたこのテキストは、異なった趣きで楽しく拝読したのです。

 


結婚しても男が「イクメン」や「カジメン」に絶対になってはならない理由 - 天狼院書店

 

 

で、私が、このように発話されたシーンに居合わせたら、

「へぇ〜『手伝う』んだ!『手伝う』ことなの?」って突っ込みいれるかも(^_^;)

 

看護婦 → 看護師
保健婦 → 保健師
保母  → 保育士

という名称変更の潮流と、質的には近しい内容かな…って思いながら読んでいました。

 

でもまぁ、その大半が女性任せであった家事・育児を、少なからず担おうとする男性を引き上げるために「メン」というラベルを、一旦与えた…と解釈すれば、

願うことは、この先、これらの言葉が“古くさい響き”になること。
もちろん、時代に逆行するという意味ではなくってね(^^)/


やはり【言葉は人となり】だなぁ〜って思います。

このように言うと、「言葉にできない思いもある!」という反論が聞こえてきそうですが、そもそも【人の発話言語そのものが、思いと完全合致することなどありえない】わけですし、(まぁ、これで言えば、色も同じですが)

その前提のうえで、それでもやはり【言葉は人となり】なんですよね。

 

で、この辺りの反論へは、本当にあれこれ向かい合ってきたので、ちょっとやそっとの突っ込みならば、へっちゃらな私がいます。強くなりました(*^_^*)

 

で、こういうテキスト読むと、、、
『言語と行為』のような本を読みたくなるのですが、デスクワーク山積中にて、残念!